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[愛知県美術館所蔵の3作品][村井正誠][モーリス・ルイス][エルンスト・バルラッハ
 
村井正誠
作者
村井正誠(1905-1999)
村井正誠は岐阜県大垣市に生まれ、医師であった父の仕事のため滋賀県、次いで和歌山県へ転居した。中学卒業後すぐに上京し、医学校と東京美術学校を各2回受験したのち20歳の1925年に文化学院の美術科1期生として入学。在学中の1927年第14回二科展に初入選し、卒業を待たずにフランスに渡った。フランスのほかドイツ、オランダ、イタリアなどを旅行したが、特にマティスやモンドリアンの作風に影響を受け、アンデパンダン展にも出品。1932年に帰国し、1934年にパリ時代の仲間、長谷川三郎・山口薫・矢橋六郎らと第1回「新時代洋画展」を開催した。1937年には抽象美術系の「自由美術家協会」を創立し、戦前の抽象絵画の開拓者として足跡を残した。戦後は自由美術家協会から抜けて1950年に「モダンアート協会」を結成し、同会を舞台に創作活動を展開した。

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 村井正誠(1905-1999)
 「Cite B」
 1940年 油彩/画布 60.6×72.7㎝
 愛知県美術館 蔵
作品
「Cite B」 1940年 油彩/画布 60.6×72.7㎝
1936年に描かれ翌年第1回自由美術家協会展に出品された〈URBAIN〉(ウルバン=フランス語で「都市の」の意)シリーズ以降、1943年までの村井の作品は、多数の四角や円と単純な色彩が組み合わされている。一見すると純粋に抽象的な構成だが、〈支那の町〉〈百霊廟〉〈Village〉などと題されたそれらの作品では、日中戦争下で新聞などに掲載された航空写真が発想源のひとつとなったことが知られている。〈Cite〉(英語ではCity)シリーズにおける大小さまざまな長方形や白い地も、建物や道路・空き地などと考えることが可能だが、色彩は全く村井の感覚によっている。この《Cite B》では斜めの画面構成による動きとリズム感や、色の濃淡による立体感が魅力となっており、また影のような太い黒線は、戦後の村井作品を特徴づける要素となるものである。
※この作品は、応募期間中の愛知県美術館での展示は終了しました。
 

 

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